「場」と「身」と「潜在意識」のヒミツ(その2)

あるとき、『スピロジスト養成講座』の受講生さんが、

この講座は、自分にとって
日ごろ 辿り着けない
「なるほど!」や
「納得!」に
辿り着く「場」です。

高次の自分からのメッセージを受け取ることや
無意識的な思い込みの炙り出しと その書き換えに
集中して取り組める貴重な「場」なので、

ここに身を置くだけで(高次元との)回路の刺激になって、
普段とは違う答えがやってきます。

と話してくださいました。



ありがたい、嬉しい話であると同時に、
日常を過ごしている場とは違う「場」に
身を置くことの大事さを
改めて思う機会となりました。



以前のブログ、
「『場』と『身』と『潜在意識』のヒミツ」で、


エネルギー的にみると、
「場」とか「空間」といわれるところには
エネルギー(情報)が書き込まれている、


そして、私たちの「潜在意識」は、
「場」に「身」を置くと、
自動的に そこの情報と交流を始め、


私たちの「身体」も、
「場」のエネルギー(情報)と「潜在意識」、
その両方とつながり、
密に交流する性質を持っている、

ということを お伝えしました。


その視点で
私たちが日常を過ごしている「場」
を捉え直すと、


私たちが日常を過ごしている「場」には、
私たちの無意識の「思い込み」や、
「惰性的に続けられている人間関係のパターン」、
「型にはまった反応のしかた」
などのエネルギー情報が
ぎっしりと書き込まれている ーー
ということができます。


自分の本当の思いに対して
ほぼ常にネガティブに反応してきたり …
激しく批判してきたり …
基本的姿勢が否定的だったり …
大事なことほど理解してくれなかったり …
といった家族の発するエネルギー情報が てんこ盛り
という「場」
になっている場合もあるでしょう。


家庭であれ、仕事場であれ、
人から向けられるものであれ、
自分が発するものであれ、
( 私たちは「思う」だけで エネルギーを発しています )


自分を制限するようなエネルギー(情報)、
自分を非難し裁くようなエネルギー(情報)、
自分を低く見なすようなエネルギー(情報)
などが
たくさん書き込まれた「場」は、
自身にとっては
「ケガレチ(氣枯れ地)」
と言ってよいと思います。



その中に「身」を置くと、
私たちの「身体」も「潜在意識」も、
その「場」のエネルギー(情報)と密に交流するため、
その情報に染まってしまいます。
あるいは、
染まり具合を さらに深めていくことになります。


なので、
ご自身の潜在意識にある
制限的な思い込みをほどいていこうと思うと、
「身」ごと
普段とは違う「場」に置いていただく方が
日常、無意識のうちに囚われてしまっている諸々に
氣づいていただきやすくなるし、
書き換えもしていただきやすくなるのです。



オンラインで
潜在意識を扱う目的の 講座や セミナーや 面接などを 受ける
というのは、
ちょっと強い表現かもしれませんが、
「ケガレチ」にいながら活性を得ようとするようなもの
と言えるのです。



内面(潜在意識)を扱う類の
講座や セミナーや 面接などが、
オンラインに向いていない、
と言われるのは、
このような理由によります。



ご自身の潜在意識にある
制限的な思い込みを 本氣で ほどいていこう
と思われる場合は、
このメカニズム、軽視しない方が よいです。
ほんとに。



これまで、
「場」と「身」と「潜在意識」の関係を
まったく知らなかった、とか
軽く考えていた、とか
知っていたけど、
それより 経済的な理由や 手間を 重視していた、
という方は、
この機に捉え直していただけると
嬉しく思います。



当塾では、発足当初から、
この「場」と「身」と「潜在意識」の性質を大切に考え、
講座運営を行ってきました。


特に『スピロジスト養成講座』では、
参加される方の潜在意識の書き換えが重要項目のひとつ
ということもあり、
プレ講座の段階から、
この潜在意識の性質を大切にする形で開催し、
お試しいただけるようにしています。





日常においても、
「本氣」で何かを伝えたいとき、
全存在を賭けて何かに取り組もうとしているとき、
自分という存在の根本に関わる事柄のとき ほど、
迷わず、「直」「生」「リアル」を
選択されることを おすすめ致します (^^)







(追記)
昨今、行政や医師会が叫んでいる
新型コロナ予防の方法は、
「人と会うな」というものです。

上述の観点からすると、
この方法は、
「ほんとのほんとに大切なことの伝達」を
止める方向のものになります。


無策を装って
「人と人が会うこと」を
過剰に、不必要なレベルまで
制限しようとしているとしたら・・
本当の目的は何なのかな、と
一度考えてみる姿勢は あってよいかな、と
個人的には思っています。